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王翦 [2021/02/15 20:28] moepapa |
王翦 [2021/03/28 13:19] (現在) moepapa |
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- | ====== 王翦 ====== | + | ====== 王翦(おうせん) |
王 翦(おう せん、生没年不詳)は、中国戦国時代の秦の将軍。頻陽県東郷(現在の陝西省渭南市富平県の北東)の人。王賁の父。王離の祖父。秦王政(後の始皇帝)に仕えた戦国時代末期を代表する名将で、趙・楚を滅ぼすなど秦の天下統一に貢献した。 | 王 翦(おう せん、生没年不詳)は、中国戦国時代の秦の将軍。頻陽県東郷(現在の陝西省渭南市富平県の北東)の人。王賁の父。王離の祖父。秦王政(後の始皇帝)に仕えた戦国時代末期を代表する名将で、趙・楚を滅ぼすなど秦の天下統一に貢献した。 | ||
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王翦は、楚軍の迎撃に出るが、政自ら見送った席のみならず、行軍の途中ですら、勝利後の褒美は何がいいか、一族の今後の安泰は確かかなどを問う使者を政に逐一送った。そして国境付近に到着すると、堅固な砦を築いて楚軍を待ち受けた。楚軍もここへ到着し砦を攻め始めたが、その堅牢さに手を焼いた。一方の秦軍も防御に徹して砦から出なかったため、膠着状態となった。楚軍は、攻めても挑発しても秦軍の出てくる気配が全くなく、砦も堅牢なため、これでは戦にならないと引き上げ始めた。しかし、これこそ王翦の待っていた機会であった。追撃戦で楚軍を破るために、砦に篭る間も兵達に食料と休息を十分に与え、英気を養っていたのである。英気が余って遊びに興じる兵達を見て、王翦は「我が兵はようやく使えるようになったぞ」と喜んだという。王翦が指揮を執る秦軍は、楚軍の背後から襲い掛かり、戦闘態勢になかった楚軍を散々に打ち破った。王翦は、さらに楚に侵攻し、翌年にこれを滅ぼした。 | 王翦は、楚軍の迎撃に出るが、政自ら見送った席のみならず、行軍の途中ですら、勝利後の褒美は何がいいか、一族の今後の安泰は確かかなどを問う使者を政に逐一送った。そして国境付近に到着すると、堅固な砦を築いて楚軍を待ち受けた。楚軍もここへ到着し砦を攻め始めたが、その堅牢さに手を焼いた。一方の秦軍も防御に徹して砦から出なかったため、膠着状態となった。楚軍は、攻めても挑発しても秦軍の出てくる気配が全くなく、砦も堅牢なため、これでは戦にならないと引き上げ始めた。しかし、これこそ王翦の待っていた機会であった。追撃戦で楚軍を破るために、砦に篭る間も兵達に食料と休息を十分に与え、英気を養っていたのである。英気が余って遊びに興じる兵達を見て、王翦は「我が兵はようやく使えるようになったぞ」と喜んだという。王翦が指揮を執る秦軍は、楚軍の背後から襲い掛かり、戦闘態勢になかった楚軍を散々に打ち破った。王翦は、さらに楚に侵攻し、翌年にこれを滅ぼした。 |